2026年2月24日火曜日

2月15日の読書会

全員参加の読書会、人数が増えて1回ごとの進度が少し早くなりました。前半を淀みなく進めないと、後半部分が駆け足になってしまいます。しわ寄せがいくのはほぼほぼ室生さんなので(ごめんなさい)、抜かりは多々あっても精一杯準備してバトンを清々しく次の人に渡すぞと心に誓うわたしです。とはいうものの、なぜかどーでもいい些末な疑問でつまずいて、一人もたもたしてる感じ。家でも平らなところでつまずくし、「老化」は肉体のみならず学習面でも進行中なのか。

【トンボとハンモックの共通点】

一个人蜻蜓一般轻盈立于船头」(p.361)

躺在吊床里的人会感到一种奇异的闲适和轻盈」(p.362)

このふたつの「轻盈」のニュアンスをどう日本語に移すかで、訳語の吟味大会が始まりました。

「北辞郎」によると「轻盈 qīng yíng : ①しなやかである。軽快である。すっと。(女性が)なよやかである。➁のんびりしている。楽しげである」とあります。同じ「轻盈」でも文脈が違えば、選ぶ言葉もまったく違ってきます。トンボもハンモックも「なよやか」だったら味わいがシュールすぎる。魔翻訳なら楽しい、でもここは辞書に載っている言葉以外のピンとくる言い方を探さなくてはなりません。「北辞郎」を踏まえると、トンボの「轻盈」は①、ハンモックの「轻盈」は➁のカテゴリーを表わすのだと理解、そのうえであれこれ言葉を当てはめていくうちに、「轻盈」は見た目の「軽さ」だけでなく、そこから生まれる「解放感」もカバーする、重力(ストレス)離脱のいい言葉だなぁと感じました。トンボとハンモックの共通点が「轻盈」だなんて大発見です。

【愛想尽かしか、リストラか】

因为住着一对北方来的老夫妻,又因为最近生意不景气,雇的那两个帮工也辞退了,我只得自己下厨做饭」(p.362)

ここの「辞退」、わたしはてっきりバイトくんが自分から辞めたのだと思っていました。歩合制とかで、不景気で収入が減り「こんな安月給じゃやってらんねぇ!」と愛想を尽かしたのだと。でも、ここは「雇い主(つまり『我』)が彼らをクビにした」のだと教えてもらいました。日本語の「辞退」とは意味の方向が逆です。

辞退」には雇う側が「断る・退ける・辞めさせる」の語感が強く、もしバイトくんが稼げなくて自分から辞めたのだといいたいなら、「帮工也走了」「帮工也不干了」「帮工也辞职了」あたりを使うのが自然だとチャッピー先生もジェミ兄も口を揃えていってました。あとは「告辞」とか。「辞退」ってリストラ感の匂いをぷんぷん放つ単語なのだと知りました。「我」はバイトくんに見捨てられたわけじゃなかったのか……。人を減らしてコストカットした分、自分の手を動かすよりないという経営者の苦渋の決断だったんですね。

【右にジェミ兄、左にチャッピー先生の御前会議】

忽然,我一,准备揭锅盖的那只手停在了半空中」(p.363)。ここの「」を1声で読むか4声で読むかでニュアンスが変わるね、という意見が新鮮でした。

チャッピー先生は、「断絶・瞬間停止→zhēng」、「呆然・間が入る→zhèng」。ジェミ兄は「zhēng:ぼうっとして間が伸びる状態描写」、「zhèng:衝撃・ぎょっとしてフリーズ」って説明してくれました。待って待ってチャッピー先生とジェミ兄とで説明が食い違っています。お互い逆のこといってます。どっちなんだろう。ふたりに論戦してもらったら、最終的にチャッピー先生が折れた形になりました。わたしはまるで御前会議で臣下の進言(チャッピー先生とジェミ兄)のどちらを重用するか、白熱する応酬に耳を傾ける皇帝の気分。いちばん問題なのは、1声で読もうが4声で読もうがそのニュアンスに気づけない自分にありそうな……、暗君か。

【作者の打ちミスってことにしたい】

床单徒然瘦了下来」(p.363)

有的徒然从云层里钻出来」(p.364)

このふたつの「徒然」のニュアンスをどう日本語に移すかで、またまた訳語の吟味大会が始まりました。「北辞郎」には「徒然 tú rán : ①むだに。いたずらに。➁ただ。ひたすら」とあるものの、①②のどちらの意味ともニュアンスがズレていて、例によってそのまま使えなさそう。そもそもなんでここ、わざわざ「徒然」なんて言葉なんでしょうか? 「『陡然』のまちがいじゃないの? ここは『陡然』でよくない?」「作者の打ちミスってことにしようよ」、などという大胆な意見もでて、もちろん大賛成のわたしです。「陡然」のほうが「徒然」より文章が生き生きするように感じますもん。

とはいいつつも「徒然」の気分を拾えそうな言葉を、チャッピー先生とジェミ兄に集めてもらいました(自分では何も思い浮かばなかった)。

「シーツが痩せる」ほうは、「いつのまにか/知らぬ間に/むなしく/なすすべもなく/ただ……」。「雲から出てくる」ほうは、「ふいに/ぽつんと/何の前触れもなく/所在なげに/ふらりと/あてもなく」。言葉をそれぞれ当てはめてみると、なるほどこれが「徒然」の雰囲気なのか。日本語の「つれづれ」とはまったく趣が違うようです。中国語の「徒然」もひとくくりにできない単語の引き出しに入れときます。“陡然のほうがよくないか”って、むだに揺れた点については、魔翻訳の入口に片足を突っ込んでるから引き返してこいってチャッピー先生にたしなめられました。陡然のほうが派手っぽくていいけれど、作者はあえて「徒然」を選んでいるのだと……そりゃまぁそうですね。

【キャラ立ち単語】

这些神秘的与信仰有关的仪式也是一种场所精神吧,对外地人尤其是城里人也应该是充满吸引力的」(p.365)

この「场所精神」、日本語にすればそのまんま「場所の精神」、何も考えずにボケーっと読み飛ばしていましたが、 もともとの出どころはラテン語 genius loci(ゲニウス・ロキ) の中国語訳なんだそうです。「ラテン語のゲニウス (守護霊) とロキ (場所・土地)を合わせた言葉」(ブリタニカ国際大百科事典)とあります。どの土地(場所)にもそれぞれ特有の霊があり、その霊の力に逆らわず、その土地の風土、固有の歴史などを十分に尊重することがすぐれた景観を生むという思想まで含むそうです。平たくいえば「その土地ならではの空気」といったところ? ゲニウス・ロキ、人の名前みたい。インテリっぽいちょっとかっこいい響きを感じます。蛇の姿で描かれることも多いともあり、これはキャラ立ちしそう。縁の下の蛇神さま的な……ちょっと違うか。


電子辞書が壊れて数か月経ちます。これまでCanonのwordtank Z900を何年も使ってきて、生産もサポートサービスもとっくに終了、代替のバッテリーも手に入らなくなって久しく、電源さしっぱでここ数年だましだまし使っていました。そんなある日突然、ぱたりと起動しなくなりました。Z900は画面もキーボードも小さく、画数の多い文字はつぶれて判読できず、反応も遅かったけど、大事な相棒でした。若人らはスマホの辞書を使うのが国境を越えて当たり前のようなので、わたしも数年前から無理してあれこれアプリを試していますが、小回りが利かずどれも使いずらいです。近い将来、CASIOのEX-word片手に小躍りする日が来そうな予感。CASIOさん、どうか電子辞書を販売し続けてください、お願いです。[祥]

2026年2月7日土曜日

1月24日の読書会

昨年はナカさんが加わって読書会に活気が生まれ、そして前回からゴンさんも加わって会にさらなる厚みが生まれました。視点が増えると新鮮な気づきも増え、今回はいつにも増して中身の詰まった読書会となり、時間が足りないくらいでした。

【催促に気づかなかった】

舅舅忽然抬起头看了我一眼,这一眼让我觉得脊背发凉」(p.355)。ここの「」のニュアンスをどう日本語に移していいか、うろうろ迷っていたら「なくても文章成立しますよね?」と仲間の助け船、そっか、なくてもいいのにあるってことは、これまでの経験則によれば「何かしら強調したがってる」ことが多いよなと思い至りました。その後、ジェミ兄に聞いてみたところ、ここの「」の役割は「非常に強烈であること、ダイレクトであること」を表わす以外に、「『』を使うことで、話し手の主観的な驚きや恐怖がより際立つ」と。「」が話し手の「主観」を強く反映していたとは。「我」の“ぞくっと感”は主観だけれど、読者にも同じ寒気を“ダイレクトに食らえ、共有しろっ”て催促していたんですね。

遅ればせながら、いま共有しました。叔父さんのこういうところ底が知れなくて気味悪いです。

【なんで「嫁」?】

読書会では特に問題にはならなかったのですが、じつは「嫁接」という単語にひそかに引っかかってました。“なんで「」?”と。なんというか、社会感丸出しの言葉が植物の世界でも使われているんだなぁと感じたわけです。まぁ、わかります、家父長制社会では女性が自分の実家を離れ、夫の「家」の基盤の上で生活するその姿は、よそからもってきた穂木が台木に入って血筋をつなぐ接ぎ木のメカニズムとよく似てますもんね。となれば、今後もしも社会構造がひっくり返って母系社会が支配的な世の中になったら、「嫁接」は死語になって「婿接」なんて言葉が生まれたりするのかな……。あぁそれでも本来、男性側であるはずの「婿」にも「女」偏がくっついています。感覚的には「男」偏でもよさそうなのに。この問題、奥が深そう……。

【ジェミ兄に戒められる】

双生苹果的果实是成对的」(p.357)の「」の読みについて、「jiéじゃなくてjiēですよ」って仲間に直してもらいました。そういえば「结巴」とか「结实」の「」って第一声だったっけ。

……あれ? 「」に二通りの読み方があるってことは、「结果」という単語も文脈によって「jié guǒ」と「jiē guǒ」とで読み分けるってこと? だって「果」が「結」するわけだから……。

「北辞郎」を見てみたら……あ、あった。「jiē guǒ」で「実を結ぶ、果実がなる」、「jié guǒ」で「結果」「結局、挙句の果て」って。おまけに「殺す、とどめを刺す」などという物騒な意味まで載ってます。

「実を結ぶ」ことを、日本語では「けつじつ(結実)」とはいっても「けっか(結果)」とはいいません。ネイティブに「努力が実を結んだよ」というつもりで「努力结实了」なんて中国語で自慢した日にゃ、「努力がっちり?」 「努力がムキムキ?」と逆に突っ込まれるってことか(危なかったー)。

ジェミ兄とチャッピー先生に尋ねたところ、「结 jiē」には、植物が実をつける以外に、実体あるものが「物理的」に変化して「固まる」「詰まる」、そんな共通したイメージがあるようです。確かに「结舌」「结疤」「结茧」、みんな詰まって固まってます。いっぽう「结 jié」には、 バラバラなものを約束やルールあるいは論理、つまりは「抽象的」なものでひとまとめにする、そんなイメージがあるのだと。「结婚」「结盟」「结合」とか、確かになんか繋がってますもんね。

だから、努力が「実を結ぶ」のは「努力有了jié)果」で、ばらばらだった果(ここでは努力)がまとまる感じ。これを「どうしても物理的に『努力の実』を実らせたい」なら(比喩ではあるけれど)「努力jiē」にしないと伝わらないと教わりました。「」の助けがないと「jiē」は「果:jié guǒ」に引っ張られて負けてしまうようです。「结果:jiē guǒ」は辞書には載っているものの、単体では使えないっぽい。

うーんこんがらがる……。この「こんがらがり」も「结 jiē」のイメージだよとジェミ兄に突っ込まれました……。だったらこの「こんがらがり」をほどく结实结果(「jiē guǒ」と「jié guǒ」)を入れ込んだ短いフレーズを作ってみてとお願いしたところ……

根基jiē)实,努力jiē,必有jié)果

土台が堅実であれば、努力は実を結び、必ず結果がついてくる。

Σ(゚д゚;) ひぃぃ教訓で返された……。しかも今度は「」のかわりに「」だ。

こんな重箱の隅突っつくようなことをちくちく考えるのやめて、堅実に努力します。


今回、その子さんの差し入れ、銀杏・干し柿が大ウケでした。

なんとどちらも自家製で、ことに銀杏はやり手の行商人(孫)に「売りつけられた」とその子さん苦笑い。でも、こんなかわいいパッケージで行商された日には、わたしも大量購入してしまうと思います。絵心あれば、絵手紙にしたいクオリティ。

銀杏はさっそくホットサンド用のフライパンで炒って、茶わん蒸しに入れました。甘くてほっくほくでした。本当はレンゲでしゃくってどんぶり一杯一気食いしたいくらい大好きな銀杏ですが、「(食べすぎは)毒だからね」と室生さんに釘を刺されました。それを聞いたゴンさん「毒があるの?」って驚いていました。はい、あるんです、調べたら適量は1度に 5〜10粒らしいです、たったの。どおりで銀杏の缶詰があんなに小さいわけです。あれは「これくらいにしとけ」というメッセージだったのか。銀杏の巨大缶、あればいいのにと思っていましたが、あのちっぽけサイズは消費者への安全配慮なのかもしれない。干し柿のほうもしみじみした深い甘さに癒しを感じました。じつにおいしかったです。干し芋のとき同様“身体にいいもの食べてる”感で満たされました。

その子さん、差し入れだけでなく今回は次に取り上げる作品のコピーも配布してくれました。作品は、马伯庸《长安的荔枝》。安定のその子セレクトなので、作品に外れがあるわけもなく、読む前からワクワクではちきれました。読書会終了直後からダッシュでがつがつ読みふけりました。やや長めの中編小説ですが、ストーリーにリズムがあって先へ先へと後半へ行くほどに加速度がつく作品です。主人公 李善德の名前を見て“どっかで見たなぁ”と思ったら、いま公開中の映画「長安のライチ」の原作でした。

内容は唐の都・長安で、下級官吏・李善徳が上司に無茶ぶりされた「ほぼほぼ絶望的なミッション」を、得意な「数学」を武器にクリアするお話。そのミッションというのが、(楊貴妃の誕生日に合わせて)嶺南から長安まで腐りやすいライチを新鮮なまま運んでこい、というもの。ナンデスカそれ、唐代のブラック官僚社会がコミカルに描かれていると思いました。史実を下敷きにしているので、杜甫や安禄山などあちこちで聞いたことのある名前が出てきます。唐代の官職、地名、歴史等々、知らないことだらけですが、その点はShenshenが詳しそうなので不安なしです。あわせて映画も観ておけばイメージしやすく、これでもう予習はすんだも同然!(?)。さすがその子さん、つかみはばっちり。心ははや次回作へ向かうわたしです。

いやいや〈落日珊瑚〉はこれからが佳境だった![祥]