2025年12月8日月曜日

11月30日の読書会


全員参加の賑やかな読書会、充実したおやつを前に至福の時を過ごしました。参加希望の方が1名いらっしゃる予定だったのですが、あいにくご家族がインフルエンザとのことで参加見合わせとなりました、残念。いま流行り始めてますもんね、無理は禁物。次回、お会いできるのを楽しみにしています。

【見た目かわいいけれど毒もある】

阿梁の「ガジュマルの家」、例の根っこテーブルを貫く宝剣状のガジュマルは、あっという間に屋根を突き抜け、太陽の光にあたるや、一気にこんもりした緑のキノコ状に変貌しさらに成長しています。なんと気根まで伸ばし、垂れた気根が地面に達して、再び大地に戻ってくるという無限ループを形成してしまいました。なんという生命力。

阿梁はその垂れさがった気根に拾ってきたお猿のぬいぐるみをぶら下げ、そのようすを「猴子捞月」(p.345)と名づけます。阿梁、楽しそうだなぁ。調べたところ、これは中国の有名な寓話にちなんでいました。猿たちが水辺で遊んでいると、水面に映った月を見つけ「月が落ちたー!」と大騒ぎ(かわいい)。水の中に手を入れて月を取ろうとするけれど、手が届かない。猿たちは木の枝に一匹また一匹と連なってぶら下がり、長い一本の鎖のようになって水面の月に手を伸ばします。案の定、あと少しのところで枝が折れ、猿たちはみんな水の中にどぶんと落ちてしまいましたとさ、というお話。「猴子捞月:猿が月をすくう」、もともとは『法苑珠林(ほうおんじゅりん)』という仏教関連の書物が原典だそうで、つまり不可能なことを無理にやろうとして失敗することへの教訓がこめられていたわけです。お猿のぶら下がった光景はいかにもかわいらしいけれど、皮肉を含んだ光景だったのかー。

【どんどん腕を上げていく画伯たち】

今回も阿梁があらたに作った小屋が登場します。次々と本当によく考えつくものです。そこでまたチャッピー先生とジェミ兄ちゃんの絵をお願いしてみました。

まずは、池の周りに作った鳥かご状のつる性植物の「花の家」と、レンガ作りの「薬草小屋」。





ジェミ画伯↓

←チャッピー画伯


チャッピー画伯のほうは、ゴッホのような人物が不自然に密接して立ち並ぶふたつの構造物を眺め、物思いにふけっているようす。絵に雰囲気を感じますね。





←ジェミ画伯

ジェミ画伯のほうは、脱サラして田舎に移り住んだと思しき中年夫婦が描かれており、乙女チックな構造物とのギャップがいい味です。これはこれで別の物語があふれ出てます。池というより水たまりっぽいのがちょっと残念。


小屋の構造については、両者ともに似てるといえば、まぁ似てますね。どちらも、“うーん、これ……?”的な微妙な違和感込みで、いろいろと楽しめる仕上がりです。誰か映画化してくれないかなぁ。

自分が観光客だったら阿梁の作品(小屋)を実際に見てみたい、そう思う人はわたしだけではありません。ストーリーは展開して、阿梁の新作はなんとこのあと「ガジュマルの家」ともども大評判となり、当人の「仙人っぽさ」もあいまって彼は伝説の人物となっていきます。

その評判に気をよくした阿梁がさらに作ったのが、池の上の「日よけ棚」と「木の洞小屋」。その想像図がこちら。






←チャッピー画伯



←ジェミ画伯


「木の洞小屋」の2階だて構造の階段が、内側についているのか、外側についているのかで、ふたりの画伯の意見が分かれていますね。チャッピー先生のほうは、木の幹に階段らしきものを彫り込んでいます。ジェミ画伯はなんと木の内側! よほど太い木でないとこんな細工は難しいのでは。でも夢があります。どちらも“外側に縄梯子っぽいもの”という、わたしの安直な想像をはるかに超えています。

「日よけ棚」のほうは、「他又造出了两座神奇的屋子,一座建在水塘上,他在水塘里种上王莲,又在王莲巨大的叶子上用香蕉叶和散尾葵搭起一座凉棚,周围点缀着大大小小的睡莲」(p.346)、池にオオオニバスを植え、その巨大な葉っぱの上に日よけ棚を組んだと本文にはあります。そんなこと本当にできるのかと思いましたが、チャッピー画伯はちゃんと葉っぱの上に建ってます。こんな大きな葉なら人が乗っても大丈夫そうです。でも、どうやってここに辿り着けばいいのかな。その点、ジェミ画伯は安全重視なのかズルなのか、屋根材に使用したバナナの葉とアレカヤシの葉を土台にちゃっかり敷いて、池のほとりに建てちゃってます。出入りには不自由なさそうですが、本文に忠実ではないように思われます。やはり、もともと池が水たまりっぽかったせいで、池の上に日よけ棚を組むスペースが取れなかったのかもしれません。これではオオオニバスも窮屈ですね。

月の光の描写が本文にあったので、どちらの画伯も夜の光景です。オオオニバスは「隐藏在现实与梦幻的交界处」(p.347)とあり、夢と現実との境界という幻想感の点から見ると、チャッピー画伯のほうがロマンチックに描けているように思えます。ただしジェミ画伯のほうもよくよく見れば、池に映った人影が……ひとり多い……! こ、こわいですね、これを夢と現実との境界ととらえていいかも。もしかしたら、先ほどの絵にいた中年夫婦の奥さんのほうだったりして……? ここでもやはり別の物語があふれ出てます。ジェミ画伯、恐るべし。

【お母さんの羅勒飯を再現しよう】

今回いろいろとおいしそうな料理がたくさん登場しました。想像するだにワクワクします。とくに食欲をかき立てられたのが罗勒饭と椰子鸡でした。前回、メンバーのナカさんにたくさんバジルをもらったとき罗勒饭を試しに作ってみればよかったなぁ(←そこまで予習が進んでいなかった)。

ためしに、「我母亲做的罗勒饭特别好吃,因为除了罗勒的嫩叶,她还会在饭里加些别的,像鹌鹑蛋、咸肉、腊肠、叉烧、芸豆」(p.349)、この文章を元に羅勒飯の作り方をチャッピー先生に尋ねてみたところ、なんと即座にレシピを作ってくれました。作り方も、具材を炒めてから混ぜる「混ぜご飯」タイプと、具材を入れて炊く「炊き込みご飯」タイプとがあり、どちらも具体的に教えてくれました。“これならできるかも”と思わせてくれます。

椰子鸡はココナツミルクで煮込んだ白茶っぽいタイ料理的なチキン料理を想像していました。ところが画像検索したら白じゃなかった、透明なココナツウォーターでぐつぐつやる鍋料理でした。ココナツ割って直接どぼとぼ鍋に注ぎ入れている動画を見ました。あっさりとした甘みと滋養が感じられるスープだそうです。想像するだけでお腹すいてきます。

ほかにもおいしそうな料理がたくさん出てきて、民宿のオーナーになったつもりで宿泊客にアピールする料理名を考えたかったのですが、そもそも料理に使う素材が固有名詞すぎて何の素材なのかよくわからなかったです。ただ、炸沙虫なる料理だけは日本人の感覚からすると危険信号点滅。脳珊瑚の二の舞になりそうなので、画像検索しかけて、深掘りはやめました。


1年、あっという間です。もう、次回は年内最後の読書会となってしまいました。Shenshenがおもむろに「忘年会って、ここやらないの?」と言い出しました。室生さんによると、「むかーしむかしはやってた」んですけど、その子さんによると「少なくともここ13~14年くらいはやってないわね」と。そうでしたか。中国語読書会はノリが淡白で、積極的な音頭取りがいないのウリ(?)ですが、まぁ今年は対面の読書会が復活し、会の名称も「中国小説を読む会」に変わったことだし、じゃあ、ちょっと楽しくやってみますかってことで、来月は読書会のあと忘年会やることにしました。中華の宴です、やったー。

新メンバー参加の歓迎会も兼ねています。Gさん、待ってます![祥]

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