今回もめでたく全員参加の読書会。参加者が一人でも欠けると、とたんに活気がなくなるのは、疑問や解釈の視点が減り、刺激がなくなるせいでしょうか。同じテキストを前に、受け取り方がひとりひとりこうも違うのかと、毎度毎度、不思議に思うし、新鮮な驚きがあります(見当違いな思い込みや、誤読、妄想で、進行を阻んでごめんなさい。受け取り方をくるわせて、混乱させているのは自覚してます)。
〈我认识过一个比我善良的人〉、読みおえました。あっという間な感じ。
最後の最後で、橘南の「如意郎君」が徐豊なのか、かつてそういう人がいたのか、で意見が分かれました。はたまた章志童という可能性もあるのかないのか……、いや、これはないな(←自問自答)。
読書会終了後、例によってつらつら考えるに、橘南の「如意郎君」はやはり夫の徐豊だと考え直しました。テキストのとおり、まっすぐ理解すればそれが自然だし、合理的です。まっすぐ理解していない自分を今回も自覚したしだい。
この作品のなかで徐豊はたんなる脇役、とわたしは見なしていましたが、じつは徐豊、けっこう影響力ある存在だったのかも……? と思うに至りました。「在任何一个场景,一个事件,或者一个片段的画面里,我们大多数人,一望而知就是配角。但问题是,有的时候我们知道这个,有的时候未必。」(p.829)とは、このことか。あっさり書いてあったので、雪夜登場の前振りくらいにしか思っていませんでした。前の段落で「徐豊」「小夫妻」等のキーワードはあったのに。
“自分はたいして善良ではない”(あるいは「酷薄」である)という、橘南の自身に対するイメージは、徐豊との結婚生活からの影響を少なからず受けているように思えます。彼女は、これからも徐豊に対して後ろめたい気持ちを抱き、なんとなく距離を置いて結婚生活を続けるわけです(結婚生活あるあるといってしまえば、それまでか)。
もちろん、橘南の初恋の相手が徐豊でなくても、話は成立はするかと思いますが、だとすると「我不爱你了」(p.854)以下の「我永远不打算让你知道这个」、「假装依然爱着她的初恋」(p.855)の「假装」があまり意味をなさなくなります。
わたしは、自分の好みで「如意郎君は別のだれか」、そしてそのだれかへの思いすらも「假装」だった、と曲解したかったんだと思います。そういう複雑(徐豊ばかりか自身に対しても不誠実)で、醒めた女性像にしたかったんだと思う。初恋の人って美化の対象としては定番ですから。ところがどっこい、橘南は初恋の人とそのまま結婚しちゃった、でも愛が冷めちゃってごめんなさい、ということなら、わたし基準で言うと、橘南はとても善良な女性です。《现代汉语词典》にも善良は「心地纯洁、没有恶意」とあります。またしても、心が洗われてしまった。まっすぐ読むって、大事です。
橘南が洪澄を(あるいは章志童を)「比我善良的人」とする判断基準は、自分に正直、自分に忠実であることなのかもしれないです。雪夜が、花家地で「比我善良的人」に進化して、書き上げる作品を読んでみたいものです。原稿を督促する橘南は、「酷薄」この上ないと思います。
例によって、消化不良をかかえたまま、次の作品、〈甘草之味〉にさくっと入りました。この作品も味わい深く、いまから語りたいことがどっさりありますが、次回8月20日のお楽しみにします。
例年ですと毎年8月は読書会休止、でも来月はやりますよー。[祥]
町田です。パソコンが調子悪くなり数ヶ月。このブログが読めないのが唯一の困ったところでした。でも今朝、スマホでも見れるのではと気がついて。やったー😆🎶
返信削除2021年版をヨタヨタ読んでいますが、二つ好きなのがありました。
①≪三把刀≫胡性能・・・読み始め不倫やら詐欺やら怖そうと一度止めたのですが、何やら気になってもう一度読み始めたら、とても面白くなり、段々終りに近づくと、お願いだから終らないでずっと続いて🙏という気持ちになりました。
②≪青城山记≫程永新・・・明の時代で、倭寇がでてきたりします。最後はちょっと期待した終りではなくて残念でしたが。時代物はあまり読むことがなかったので、辞書をひきひき私としてはちょっと丁寧に読みました。
後2、3編残っています。何とか今年中にと思っています。
2021年版、全部、読み込むつもりですか? すごいなぁ!
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