2025年5月15日木曜日

5月11日の読書会

 おなじみの公民館で読書会を開催しました。今回は、なんと新たに見学の方も加わり、会に新鮮な風を運んでくださいました。存続の危機が危ぶまれるこの読書会に希望の光が差し込みました。しかもタイミングよく、今回から新しい作品に切り替わります。

ナカさーん、細~く長~くゆるゆる~っとお付き合いくださいね。

【格調を上げる「将」】 

我不是网上订房的客人,所以庄主只要把我入住登记的纸页撕掉,再把近三天来山庄的监控删除,我的车神不知鬼不觉地移出,我的死就跟山庄无关。」(p.124)

長い文ですが、ざっくり眺めると、因……,所以……只要……,再……,……,就……了の流れが見て取れます。ここで「」が2つ、「」が1つ出てきます。なぜ最後だけ「」なの? 「」でいいじゃん、と単純に思うわけです。この使い分けに理由があるのか仲間に尋ねたところ、これは意味の違いというより、語調・リズム・文体のバランスによるものらしい。最後に「」を使うと格調が少し上がっておしゃれっぽい印象になるのかも、という意見が出ました、そうか、おしゃれか。「」と「」が混在してなんか居心地悪い、“全部どっちかに揃えたい……”、わたしがそう感じるのは、きっと血液型のせいでしょう。それにしても、宿のおやじのこの証拠隠滅のしかた、タチ悪すぎですよ。

【復讐の報酬】 

「庄主许诺他,车上有啥值钱物就拿着,算是报酬(p.124)

报酬」は「报仇」と同じbào chóuなんだねーと室生さん、あ、ほんとだ。何気ない発見にしびれます。こういうのが出てくると、报仇的报酬なんて発音にイメージがくっついて、ピンインがばっちり頭に入ります。

【おまけの妄想】

作品の最後、主人公「我」は再び依蘭を訪れ、お目当ての「二龍戯珠石碑」を目にします。この石碑について、四年前从老牡丹江大桥水下打捞出的两块石碑」(p.125)とあったので、ためしに調べてみたところ実在する石碑のようでした。2017年、依蘭県西側に位置する旧牡丹江大橋の遺跡地の水中から"二龍戯珠"の図案が刻まれた石碑二つが見つかり、引き揚げられたという記事を見つけました。作品本文には「四年前」とありますから、2017年の4年後、つまりこの作品は2021年のコロナ禍という設定になるのかと思います。確かにこの作品では、コロナ禍の中国社会が描かれています。また、「从1743年开始设立三姓副都统后的近170年间,历史记载的副都统就有五十位。凡副都统退休后,会被召回京颐养天年。能在地方立墓碑的副都统,都是任期未结束就故去的人,或病或是意外。(p.125)。記事によると、史料に記録された依蘭県の副都統50人のうち、3人が定年になっていない状態で死亡したことから、2017年に発見された碑石はこれら3人のうち1人のものと推定されるそうです。

もしかしたら、作者はこの「二龍戯珠石碑」からイメージを膨らませてこの作品世界を作り上げたんじゃないか、そんな勝手な妄想を膨らませました。

2024年7月から読み始めた〈白釉黑花罐与碑桥〉、11か月かかって、ようやっとゴールです。お腹いっぱいの読後感でした。本当に充実した読書でした。しいていうならタイトルがちょっと残念な気がします、わたしだったらアオサギちゃん絡めて〈长脖老等之梦〉なんてしたいなぁ(←失言)。

【今回から〈落日珊瑚〉始まりました】

          《2023中国年度中篇小说(上)(下)》

さぁ、お待ちかねの〈落日珊瑚〉です。↑ご覧のとおり、作品名がそのまま《2023中国年度中篇小说(上)(下)》のタイトルに大きく冠されるくらいですから、期待大です。たったいま読了したばかりの〈白釉黑花罐与碑桥〉の余韻を嚙み締めつつも、さらりと本文に入っていきます。

作品の出だしが入りづらいのはよくあることですが、この作品はいつも以上に出だしが退屈、もとい、格調高く、文学チックで難解です。なので仲間の読解力によりかかって後追いで理解していくつもりです。しかもこの作品、その子さんのいうとおり、やたらと植物名が出てきます。「木瓜」だって日本と中国では理解が違うようだし、「波罗」と「波罗蜜」も文字面は似ているけれど、実物はまったく違います。のっけからそんなところで疑問噴出。それ以外にも、いろんな珊瑚の固有名詞も出てきて、調べても調べてもきりがなさそう。調べて日本語に当てはめられたとしても、そもそも知識がないので聞いたことのない名前ばかりでしょう、たぶん。なので、固有名詞がずらずら並ぶ箇所はもう中国の名前そのままで読んでいこうよ、ということで話がまとまりました。……助かったー。

【港は驚き、木は人を実らせる】  

「那锈迹斑斑的古港自从郑和下西洋之后就再没见过这么多人,竟一时之间吓呆了。」(p.324)

ここ人間ではなく、「古港」が驚いたという擬人法ですよ。こういう擬人化はあちこちで見られ、擬人の対象は海峡だったり船だったりもします。これが、物語の舞台となる木瓜鎮そのものをひとつの生命体のように感じさせます。のっけから情感たっぷりです。

「晚上,那些外地人有的爬到树上,有的爬到屋顶上,更多的就直接在马路上铺开被褥睡觉,那些住满了人的大榕树看上去弥漫着一股妖气,好像结满了人形的果实。」(p.324)

なんていう、ちょっと不気味な擬人もあって、『西遊記』に出てくる人型の果実(人参果)や、ビリー・ホリデイ「ストレンジ・フルーツ(奇妙な果実)」に話題が飛んで、ナカさんの引き出しの多さにビックリです。

【10万の人材なのか、たんに10万の人なのか】 

「它当然不知道,木瓜镇上的渔民们也不知道,那是轰轰烈烈的十万人才下海南开始了。」(p.324)

港()の擬人化はおいといて、「十万人才下海南开始了」は、「十万人 下海南 开始了」が正しい区切りなのに、「十万 人才 下海南 开始了」だと勘違いしていました。けれど、もし10万人の「人材」が海南に行ったのであれば、十万人 的 人才 下海南了となり、「的」が必要なのでは。なので、ここの「才」は副詞です。下海南の「下」はここでは動詞、「海南に行く」という意味なので、10万人が「ようやく」海南に行った、が正しい解釈だと思います。とくに選ばれし精鋭たち10万人が海南に行ったわけではなく、ひと山当てたい10万人が押し寄せたわけです。で、何が「ようやく」なのか、……次の段落に書いてあるじゃんと、だいぶ考えて「ようやく」わかったしだいです。


〈白釉黑花罐与碑桥〉も難しかったけれど、今回の作品も手ごわいです。仲間を頼りに、ゴールまで完走できますように。[祥]







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