久しぶりに全員参加の読書会です。杭州にきて2週間、すったもんだいろいろあって、8月の読書会がとても以前の事のように感じます。Skype繋がるかなと心配でしたが、なんの支障もなく参加できて、じつはひそかに感激してました。
【このときの徽宗の気持ちって?】
「(他)见了徽宗长跪不起,徽宗也不唤他起来,因为除了跟他一起被俘的人,没谁跪他了」(p.93)。
陶工の祖先が跪いているのを、徽宗がほったらかしにしているのはなぜなのか、どういう心理なのか。彼に跪く者がまわりにいなくなったので、「ぴんしぇーん」とか声をかけるのを忘れたのか、あるいはまだ自分に跪く者がいるんだーと感じ入っているのか。このあたり、どうなんでしょうね。
【「无用的」なのは徽宗か趙構か】
「徽宗大约明白称帝的九子康王赵构不会全意与金人斡旋,让他和钦宗归乡,虽说赵构的生母韦贤妃也被掳,但他是无用的了」(p.95)。
「他是无用的了」の「他」が、徽宗なのか趙構なのかで混乱しました。最初、「他」が趙構のことだと思ってました。徽宗は、趙構の実母が捕らわれてはいても、趙構では自分たち(徽宗欽宗)の帰郷の「役に立たない」、金を相手にそんな交渉能力はないと徽宗は思っている、そう解釈しました。ですが、ここの主語は徽宗ですから、ここの「无用的」は自分自身を指している、つまり徽宗自身が「必要のない人間」であると捉えるべきだと仲間の指摘で気づきました。
【泥壺のような窯とは?】
「白釉黑花罐进了窑后,几乎每天一场雨,雨后必现彩虹,横跨窑上,就像给这泥壶似的窑加了一条七彩的提梁」(p.96)。この窯の形状がいまいちよくわかりません。最初、登り窯のような細長い龍窯を頭に描いていたのですが、「泥壶」のようなと出てきて、そこに虹の取っ手がくっついたとあります。はて、いったいどんな窯なんだろう、絵面が浮かびません……。
【油を取ったのか、取らなかったのか】
「看样子你是个文化人吧,应该知道金人虽不像后人说的那样,在宋徽宗晏驾后,把他炼成了灯油,用于金兵营地的照明,但他确实被火烧了,韦皇后护送的棺椁,其实只是几截烂木头,并无灵骨」(p.96)。人の身体から油を取るなんて、アウシュビッツを連想してぞっとしてしまいました。ところが仲間の一人から「虽不像后人说的那样」とあるので、じつは油を取るようなことはしていないという意味だ、という意見が出ました。ああ、確かに……。
でもでも、それだと陶工の金人に対する態度と矛盾するような気もします。前段で「我」が金人を擁護するかのような発言に対して陶工は不満を示しているのです。「后人说的那样」の「那样」の中身は「我」が述べたことを指しているのではないでしょうか。で、ここでいったん区切って、実際は「在宋徽宗晏驾后~」のようなことが行われたのだと陶工が語っている、わたしはそう解釈しました。つまり「油とられた派」です。
では、「但他确实被火烧了」とはなんなのか。
玄耳庵支那叢書『興亡』という古い本に、徽宗の遺体についての記述があったので、ちょっと長いですが引用します。
「その地方では死人を埋葬するといふ事がないのであった。死人があれば必ずその屍を火で焚き、半焼になつた頃定りの石坑の中へ投げ込んで置く。さうして置いてその穴の中の水で燈油を製するのである。
阿計替がこの話をして帝を驚かしたところへ、早くも死人があると聞き知つて、五六の土人が駆けつけた。そして上皇の屍體を引擔いで運び去った。帝は號泣しながら跡を逐うて行かれると、とある石坑の前で、屍體を焚きはじめた。半分ほど焼け爛れた頃, 水をかけて火を消し、木の枝を屍體に突透して、それを引きずつて坑の底深く放り込んだ。帝は臥しまろびつゝ、泣き悲しまれるばかりで、今は自分もと、坑の中へ飛入らうとされた。ところが左右の者が驚いて引留めた。それは帝を助けたいのでなく、この穴の中へ生きた人が落ちれば、中の水が澄んでしまつて油が取れなくなるからであった。」(p.130-131)。上皇が徽宗、帝が欽宗です。
これだと、確かに焼かれてます。生々しいです。
中国にくれば、わからないところは聞き放題じゃんとほくほくしていたのですが、考えが甘かった。どの老師もみな忙しそうで、どんなに中途半端なところでも時間がくればピタッと授業をやめて、さっと帰ってしまいます。いまのところ、老師をひっつかまえて気軽に質問できる状況にはありません。
杭州は昨日(9/15)15:30すぎ、突然、激しい雨が降りました。10~15分ほどですぐ止みましたが、台風の影響でしょうか。台風13号(バビンカ)接近中、こちらでは贝碧嘉(Typhoon Bebinca)と呼ばれています。明日・明後日がいちばん要注意だそうです。せっかくの中秋節の3連休なのに、月は見えないわ、遊びにも出かけられないわで、宿舎の若者たちはちょっとつまんなそう。[祥]
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