今回は楊可伊と舒秋燕の対比が際立ちました。龐雨生の楊可伊への好感度は急上昇、対する舒秋燕は急降下。けれどふとした拍子で、どちらの女性に対しても見知らぬ人のような感覚に襲われる龐雨生。逃亡犯の心理は複雑です。
【舌先を転がすとは?】
「庞雨生舌尖一滚,说:“我在省一院。”」(p.43)……「舌尖一滚」、舌先を転がすとは? 口先だけでするっと嘘をつく感じでしょうか。外国語の質問アプリHiNative先生に質問してみたら、「感到紧张」と答えを返してくれた方がいました。うーん、ちょっとピンとこない……。室生さんの「脊髄反射じゃない?」がいちばんピピっときました。つまり脳ミソを通さずに、反射的に答えてしまった感じ。これでどうでしょう。
【ピンとこないたとえ1】
「惶惶如丧家之犬」(p.43)……「丧家之犬」を調べてみました。喪中の家の犬は餌をやったり世話をする人がいないのでやつれている、という意味から転じて「比喻失去依靠、无处投奔或惊慌失措的人」(《现代汉语大词典》)という成語なんだそう。そうかのいぬ……、龐雨生はやつれて、びくびくしている今の自分を「喪中の家の犬」にたとえています。たとえが回りくどくて、「说的不就是这个理么?」とたたみかけられて、“这个理って、どんな理だ?”と読みながらツッコミいれました。
【さらにピンとこないたとえ2】
「再往下走,那就要把脑袋挂在腰里了」(p.43)……頭を腰にぶら下げる? 何が言いたいのだろうと調べたら、脑袋挂在腰里は慣用句でした。《汉语常用语词典》(上海辞书出版社)には「比喻冒着生命危险去干事」とあります。ほかにも「脑袋掖在裤腰带上」とか「脑袋拴在裤带上」「脑袋系在裤带上」とか、頭を「挂」するだけじゃなく「拴」したり「掖」したり「系」したりのバージョンも見つけました。どれもみんな「脑袋」が大変なことになってます。でも絵面を想像すると、なんだかおかしくなってしまうのでした。
【味わいの“被”】
「他站起来,在狭小的包厢里来回走动,活像一头被激怒了的野狼」(p.44)……さらりと読み飛ばしてしまいましたが、その子さんがここの「被」に気づいて、その味わいにじわじわ笑いが込み上げました。「被」があってもなくても、意味はさほど変わらないのでしょうが、舒秋燕に、激怒“させられちゃった”んだなぁ……と。これじゃ確かに、おちおち逃げ回ってもいられない。舒秋燕の圧力恐るべし、電話1本で龐雨生をコントロールできるんです。
次回は、龐雨生と穆亜龍との会話です。読者も龐雨生といっしょに血圧があがる展開です。[祥]
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