10年以上前の古びた「中国語読書会」の案内ポスターが、いまだに公民館に掲示されていた――そんな出来事をきっかけに、このたびShenshenが新たなポスターを作ってくれました。それに合わせて、気分も新たに会の名前を変更することに。「中国語読書会」は「中国小説を読む会」へと生まれ変わりました。
ポスターはすでに公民館に掲示済み。活動内容に変更はありませんので、ご安心ください。これからもどうぞよろしくお願いします。
【そんなに仲良しだったのか】
「王骏说现任和前个老婆处得不错,两人一起赶过集呢」(p.120)
「两人一起赶过集」のところを、“ふたりで会ったりもする”などとしたところ、「二人で買い物に出かけたこともある、では?」と指摘がありました。北辞郎を見ると、赶集で「集市へ行く、マーケットに行く、市場へ出かける」 と載ってました。ちゃんと調べてないのがばれちゃった。離合詞だったとは。それにしても、離婚した前の妻といまの妻が、夫のいないところで仲良くショッピング……、わたしが王駿だったらちょっと複雑、なんだか陰でいろいろと弱みを握られそうな気がします。こちらの人間関係もいろいろ離合しています。
【ドラマ見すぎの弊害】
「唯一让他难受的是已上初中的儿子不认后妈,她对他一万个好,也换不来一个好」(p.120)
「彼女が息子に対して1万回良くしても、息子からいい反応はひとつも返ってこない」のところ、何をどう勘違いしたのか、後半の部分を“それでもたった一人の母親には代えられない”、などとしてしまいました。ドラマの見すぎです。
【王駿の妻、せつない】
「这两年也常咨询做试管婴儿的事情,让他心惊肉跳的」 (p.120)
王駿の妻が咨询する相手を、わたしは王駿だと勘違いしていました。でも咨询は「専門家に意見を求める」行為ですから、ここは医者など外部の専門家でなけりゃなりません。王駿はそんな妻の行動をあとから知って、内心ゾゾッとしたんですね。婚約解消した相手の家といい、外で不義理する王駿といい、身勝手すぎる、まったくもう。
【現金を欲しがっているのはどっち?】
「王骏突然拽住我,说他需要现金,让我串给他,他用微信转账给对方」 (p.121)
王駿のセリフ「说他需要现金」の「他」は王駿本人か工作人员か? という指摘が出ました。工作人员だとばかり思い込んでいましたが、いわれてみれば確かに、どちらにも読み取れそうです。現金を欲しがっているのは工作人员のほうですが、王駿はそんな彼を信用できずに、あえて「自分が必要なんだ」と方便をいって、工作人员に現金をわたそうとする「我」を阻止したというわけです。なるほどー、うかうか読んでいました!
協議の結果、「他说他需要现金」の「他」は王駿本人となりました。ここはきっぱり白黒つけました。ここの「他」は、主語(王駿)と同一人物だと理解するのが自然です。もし「他」が工作人员だったら、そのあとの「让我串给他 」で「我」に「串给」させる(一時的にお金を渡す、つまり立て替える)相手が工作人员になってしまい、これでは文脈が繋がりません。「他」は王骏でなければなりません。
王駿は工作人员の態度の怪しさを「我」より先に察知しています。支払いを「微信」経由にすれば、送金の記録と現金が手元に残ります。案の定、その後のハンコ騒動で「我」の工作人员への不信感が描写されるので、王駿が先手を打ってあえて現金を欲しがった、というのは文脈的に整合性があります。それにしても、保護団体への寄付金を個人の微信でやり取りするってありなんでしょうか? 何だかちょっといい加減な感じもします。
現実世界に戻ってきた「我」は、スマホのない不便さを痛感しています。中国のように発展したスマホ社会では、そのギャップはなおさらでしょう。もし王駿がいなかったら、まったく身動きの取れない状態です。思えば自分も、スマホが少し見当たらないだけで不安になります。財布をなくすより、スマホなくすほうがショックです。だからこそ、意識してスマホから離れる時間を作るのも大切かもしれません。そうだ今度「スマホに触らない1日」にチャレンジしてみよう(←とりあえず宣言してみた)。
さて、次回でいよいよ読了、ですが結末までまだもうひと山あるので最後まで気が抜けません。[祥]