期待どおりの収穫の多い読書会でした。収穫と同時に、あらたな疑問も生まれてしまうのが、とほほです。今回の注目点は、以下の3つです。
◆「而~则~」から目が離せない
今回、仲間のやりとりを聞いているうちに、「而〜则〜」の用法に目が離せなくなってしまいました。これまで、「而」や「则」について辞書をひいてみたこと、あるにはありましたが、難しいことがずらずら書いてあって、わたしにはよくわからない。で、“すっとばしちゃえー”と、見て見ないふりをしてきました。“ちょっとかっこいい飾り”程度の認識といいますか。「而」や「则」には申しわけないことでした。ここに懺悔します。
で、あらためて、ここまで読み進めてきたなかで「而〜则〜」が出てきた箇所を拾い出してみました。全然、気にしてなかったけど、あぁ、けっこうありますよ。
[1]西街上,曾云集了各种商号——这个隆、那个昌,或是什么裕什么泰的。这些商号,都是大买卖,分号设在全省,甚至全国各地,而西街,则是它们的大本营。(p.403)
[2]只不过,有的人家讲究一些,用砖将洞碹起来,就像碹窑洞,而大多人家,则是一孔裸窖。那地窖里,冬暖夏凉,盖子一盖,是天然的储藏室。(p.403)
[3]马兰花刚满十八,而陈宝印则是二十八。(p.404)
[4]榆钱做的“布烂子”,是朗霞最爱吃的一种面食,比槐花的“布烂子”要好吃很多,槐花太香了,香得鲁莽,而榆钱,则有一种绵长的清香。(p.407)
[5]大白菜要下到窖里存储起来,准备一家人吃一个冬季;而芥菜,则是要切碎了浸到缸里腌制酸菜(p.407)
[6]两个人,妈妈在窖里,奶奶在地面,用一只绑了麻绳的箩筐,将那些白菜们,一棵棵地,输送下去。而朗霞,则远远站着,生怕那不见天日的阴气,或者,不干净的东西,扑着了她。(p.407)
こうして見てみると、「而~则~」のニュアンスというか、使いどころが伝わってくるような気がしないでもない(←いまいち自信がない)。連詞の「而」って、ときに順接だったり、ときに逆接だったりするので、「文章全体みて、空気読めよ」って「而」からいわれている気がします。ここでは、辞書に載っていた「他と比較してこれは……と限定する」という用法に当てはまるのかな。うーん、うーん……。
それはそれとして、[6]の文章は最後まで読んで、いまあらたに読み返すと、なんとなんと意味深なんだろうと、味わいが深まります。
◆「孔婶」はいつからいた?
朗霞のおばあちゃん「孔婶」にも注目が集まりました。孔婶は「原是从前家里的老女佣,孔婶,多年来一直跟随着母亲,无儿无女,早已把这个家当成了自己的归宿」(p.405)という存在です。わたしは最初、孔婶は西街の四合院を陳宝印が購入した際、“セットでついてきたお手伝いさん”だと思っていたのですが、これは誤りだとわかりました。
読書会のあと、あらためて整理してみました。朗霞の母親 蘭花は18歳で陳宝印と結婚し、その後、夫婦は各地を転々とし、流産を経験したあと、蘭花が27歳くらいのとき朗霞を生んでいるようです。蘭花の実家は貧しく、お手伝いさんをつれて嫁入りするのはやはり無理があるような気がします。なので、「多年来一直跟随着母亲」とは、おそらく朗霞が生まれる前の8〜9年間のことを指しているのではないかと思いました。
話がちょっとそれますが、最近《以家人之名》という家族をテーマにした、2020年のテレビドラマを観ました。このドラマは、血縁関係のない3人の若者(異母異父きょうだい)が、同じ屋根の下「家族」として、支え合いながら成長していくというストーリーです。“家族以上に家族らしいなぁ”と、せつなくて、大泣きしながら観ました。
孔婶と朗霞(あるいは蘭花)との間にも血縁関係はありませんが、《以家人之名》と同質の“家族の絆”を重ね合わせました。「这个家当成了自己的归宿」という孔婶の胸の内を推し量ると、もうそれだけで胸がいっぱいになります。
◆「月洞門」の位置
最大の疑問です。この裏庭につづく門は、敷地のどこに位置しているんでしょう。「紧沿月洞门边给她砌了一堵墙,又在旁边围墙上,开了一个小小的院门」(p.406)、「石榴和丁香,也被阻隔在了高墙之外」(p.406)、「新开的院门,仍旧朝东,小小的,只有一扇,漆成黑色,和西边的月洞门,打个对脸。」(p.407)。月洞門とあたらしく築いた塀との位置関係が、p.403で描いた脳内イメージとかみあわず、つじつまが合うよう、いろいろ図を描き足しながら、家のようすをイメージしているんですが、いまいちよくわかりません。
室生さん、ぜひぜひ見取図を公開してほしいです。[祥]